もういい歳だと言うのに昆虫採集が趣味の友人がいる。
 名をアキと言う。
 電力会社というお堅い会社に勤めるかたわら、暇さえあれば南方の島々に飛んでいって虫を採っている。どんなに忙しいときでも、どんなに歳をとってもそれは変わることがない。
 ある時などは、原子力発電所で反対する消費者団体から魂の入ったタックルを喰らい、あばらを何本か折られながらも石垣島に飛んだ。鬱蒼と生い茂る原生林のなかを痛みを堪えながら虫取りに励み、帰る早々、緊急入院したそんな友人を僕は素直に馬鹿と呼びたい。
 見舞いに行くとアキは笑っていた。
「見ろよ、このオオクワガタ」
 黒光りする物体。それは歴史に残る大きさなのだという。アキが命を賭けて手に入れた宝物だったが、僕にとっては堅そうなゴキブリでしかない。しかし、言うと確実に傷つくだろうし、僕もいい大人だから適当に誉めあげておいた。
「すごいね。売ったらいくらぐらいするんだ?」
 うーんと考えるアキ。
 それからアキが口に出した金額は、僕を驚愕させずには置かなかった。
「二百万円?!」
「ひょっとすると三百万円くらいいくかも」
 しげしげと見つめてから、ポケットに入れようとして、アキから止められる。
「売れ!すぐに。 値が下がらないうちにさっさと売るんだよ」
 僕は言った。
 すると、アキは、なんにもわかちゃいねぇなぁと言うような彼にしては滅多に見せることのない傲慢で不遜な笑みを浮かべた。
「値が付くというのは買い手がいるからだ。この場合、買い手というのはマニアのことだ! 俺みたいなマニアがこれを三百万でも買うんだよ」
 要するに、金があったら自分が買いたくなるほどのオオクワガタなのだから手放すわけがないと言うのである。
 奇妙な話ではあったが、微妙に納得した。

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