見かけ、アキはやさおとこに見える。
 風が吹けば倒れそうで、恫喝すれば簡単に屈しそうに見える。
 無造作に電力を使う消費者からの苦情に、電力会社のアキがペコペコと頭を下げる姿は容易に想像がつく。
 アキはよく、「結局、俺が悪い」と一人呟く。
 彼は決して、人を騙すことがない。自分の非を他人に肩代わりしてもらうことがない。肩から荷を下ろすことが出来ず、山のように積もらせながら、それでもなんとか歩いている。人間社会で不器用に、不自由そうに生きている。積み木のなかでいつも余っている。そんなアキ。
 彼は無力で、無力すぎて、情けなくて、世界で最も弱い生き物に見える。

 しかし、それは人間社会のなかのこと。
 弱肉強食が支配する大自然の世界。そこでアキの価値は一変してしまう。

 なるほど、アキには牙はない。筋肉もない。
 しかし、頭がある。技術がある。何もないところで火を起こすことができ、道具があれば魚を釣る。さばいて刺身を作ることもできる。例え、無人島に流れ着いても、ナイフが一本ありさえすれば、折れ尽きるまで生き続ける自信があるとアキは言う。アキは凄い。

 そんなアキはよく遭難する。
 虫を採るためだと言っている。遭難しなければ虫は捕れないとよく言っている。
 山の尾根伝いに山道が通っているものなのだが、その尾根からまず落ちる。そこからアキの虫取りは始まる。落ちて、落ちて、落ちたところに森林のはらわたのようなところがあると言う。そこには数百年、森林が育てた腐葉土が積もり、たっぷりと湿気を含んだ空気が漂っており、たった今でさえも人間ならぬ何かが積もっていっている。そんな気を起こさせる場所が確かにある、と言う。我々が気付いていないだけでそんな神の住む場所が確かにあるのだ、とアキは言う。

「そんな場所で虫はとれるんだ」
そう言うときのアキの表情は輝いている。きっと世界で最も輝いている。

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