全部というわけではないけれど、ぬりかべのマンガの買い方は独特で、必要最低限のものだけを買うことにしている。
 どういうことかというと、例えば部屋の隅の本棚に置かれているワンピースは14巻から18巻までしか買っておらず、「チョッパー編」のみしかない。
 バカボンドも14巻から17巻までの「小次郎幼少編」のみがあるだけだ。そういった買い方をしているマンガは部屋のそこかしこにあり、日々増え続けている。もぞやにらから、読めないからいっそ全部集めろと苦情が出るものの、決して行き当たりばったりでそうしているわけではない。
 お金がもったいないから、部屋のスペースが狭いから、といろいろ言い訳はあるのだが、やはり最大の理由は、それ自体、物語が独立していて楽しめるからだ。

 例えば、ワンピースの「チョッパー編」は、ほとんどドラム王国の話だけで独立しており、そのまま外伝か何かにしても通じそうな仕立てになっている。加えて、ぬりかべが買ったとき、ワンピースはなかだるみが始まっており、「空島編」あたりは特に非道くて、支離滅裂に近い空転状態を呈していた。最近は持ち直してきたものの、読解不可能な駄作部分が余りにも多すぎるため、ワンピースを全てコレクションする気には到底なれなかった。
 しかし、「チョッパー編」は、何度読んでも泣かされてしまうほどの傑作で、完成度も尾田先生にしてはすこぶる高かった。だから、ここだけコレクションしている。おすすめ。
 バカボンドは、基本的にぬりかべが嫌いなタイプの作品なのだけど、立ち読みして読んでいたら、「小次郎幼少編」でガラリと雰囲気が変わって、グイと惹きつけられた。今までの荒かったつくりが、「小次郎幼少編」で途端にきめ細やかになり、非常に多重的なテーマで描かれ始めるのだ。
「武士とは、剣とは、男とはなにか」「老いる者の悲哀と若き者の逞しい成長」「生きる目的、死ぬ目的」 鐘巻自斎という老剣士を中心に、丁寧に織り込むように描かれており、これは買って何度も読まねば完全に理解することはできない、そうまでせねば魂を削って描いたのであろう作者に申し訳ない、という気持ちにさせられた。
 後で聞いたところによると、ここだけ井上先生の独自設定であり、筋書きもほぼオリジナルなのだそうだ。井上先生の入魂の作品は本当に素晴らしいと思う。

 しかし、そういう部分的なコレクションをしているものもあれば、全巻揃えてしまっているものもある。
 あまり巻数が揃ってない状態から買い始めたため、やむなく集まってしまったというものもあるが、大抵は全巻揃えないと物語が仕上がらない仕立てになっているものだ。言い換えれば、完成度が極めて高く面白い作品だ。

 例えば一つ紹介させてもらうと、岩明均の「寄生獣」がある。これは全巻買っている。ハリウッド映画でも技法を真似されたことで話題になった作品だ。(化け物が正体を現すとき顔が割れるという技法)
 この作品はどこをどう切り離せばいいかわからなかった。
 全体を通してテーマの連続性が途絶えることはないし、ストーリーのメリハリも効いている。岩明先生と言う人は、一見して絵がヘタに見え、新人にすら見えてしまうのだが、実はこのような細くて固い絵で完成していたのだった。この一見下手な絵が、人間の狂気を描くと刃物になり、人間の優しさを描くと羽毛になるのだから面白い。
 岩明先生は、動のなかにストップモーションで静を置き、一気に心理面まで斬り込んでくるという技法を好んで用いる。これが岩明先生の最大の持ち味であり、それは読む方の呼吸すら止めてしまうほどのもので、その技法で右に並ぶものはないと思われる。主人公がジャンプで自分の背丈ほどの堤防を乗り越える、そこで絵が止まる、驚いている少女。ただそれだけのシーンが読者を魅了する。爽快感を感じてしまう。そのようなマンガを他にぬりかべは知らない。
 ちなみに岩明先生は、遅筆というか休筆というか。
 作品数自体が少なく、「寄生獣」以外に長編が「七夕の国」ぐらいしかなく、これも久々に出たと思ったら、諸星大二郎先生並に亜空間な作品で、…好みもあるのでしょうがはっきりいって駄目でした。多分、人気が出なかったために構成とかストーリー展開とか変更を余儀なくされて、滅茶苦茶になってしまったのではなかろうか、と思う。
 なお、最近は古代ギリシア・ローマの世界を手がけ、アレキサンダー大王の書記官エウメネスを主人公とした「ヒストリエ」を連載中である。これも凄い作品で、化け物も宇宙人も登場しない現実を舞台としているにも関わらず、殺人と暴力がかなりどぎつく描かれており、かなりの問題作である。二巻を経た後も、いまだアレキサンダーが登場しないという、完全な岩明ペースで物語が展開しているので、途中休筆が発生するにせよ、傑作に発展する可能性が高いと思っている。

コメント