バレンタインと言えばチョコレートですね。
この時期になるとひたすら居心地の悪くなる私です。

今を遡ること約10年。
ぬりかべの家はサークル仲間の溜まり場で、ここに行けば24時間誰かと出会える、という不思議空間でした。
私たちが所属していたサークルとぬりかべが出会ったのが確か9月。
溜まり場と化したのが10月くらい。
それからおよそ4ヶ月で、ぬりかべ邸はみんなの家のようになっていたわけです。
自分の家のような感覚でしたので、皆無礼講でした。
ぬりかべにプライバシーがあるだなんて、私たち誰も考えていなかったのかも知れません。

バレンタインデーも間近のある日。
乙女系な先輩(男)とごく普通の先輩(男)、そして、調子乗っちゃう系の同期(女)と私の4人がぬりかべ邸で暇を持て余していたとき。
乙女系な先輩がとある話を始めました。
「どーも、ぬりかべには女の影がつきまとっている」
当時のぬりかべは「純情な純子さん」という女性と付き合っていると公言して憚らなかったわけですが、それが妄想であることを差し引いてもぬりかべの家には女性の痕跡がちらほらと見られていました。
24時間体制で見張られているようなぬりかべなのに、実は私たちの誰もが彼の実体を知らなくて、また彼自身も語らない。
彼女の存在を聞けば純子さんの話を始める。
「でも、僕、ぬりかべに彼女がいるって証拠を掴んじゃったかもしれないんだよねー」
いや、まさか、ほとんど誰かと一緒にいるのに、身内以外で付き合う女性なんかいるわけないだろー。
「もちろん別れた彼女だろうけど、女の影は確かにあるんだよ」
…乙女系な先輩はおもむろに押し入れを開けて、がさごそがさごそ。
「ほらね、みーつけた♪」
そこには賞味期限の切れたチョコレートの箱がありました。
「大事にとってある、ってことは、彼女からプレゼントとしか思えないジャン。
これと同じチョコを買ってきて、ぬりかべを驚かせようよ♪」
とりあえず私は反対、しかし同期は大賛成ということで、プランは決行に移されました。
チョコレートを用意して、ぬりかべが帰ってきたと同時に食す。
そして彼の反応を見て笑っちゃおうという悪趣味企画。

間もなくぬりかべが帰宅して、4人でチョコを頬張り一言。
「押し入れのチョコ頂いてまーす」

私たち4人を冷たい視線で見下すぬりかべ。
気まずすぎる沈黙と、見たことのないぬりかべの態度に動揺する4人。
最初に耐えられなかったのは言い出したはずの乙女系の先輩。
「なぁんて、嘘です♪買ってきたんですけど、食べませんか?」
「いらない。また出掛けてくるから」
再び沈黙。
そのまま私たち4人を残して、ぬりかべは友人と外出していきました。
「…やっぱ、チョコはまずかったのかな」
ていうか。
よく考えたら、人の家の押し入れを勝手に開けたことを怒っているのじゃないのかな。
「そうだよね、普通は怒るよね…」

その後、帰宅したぬりかべはいつも通りのぬりかべで、怒っている様子もなく後ろめたい私たちをはべらして御満悦(だって怖くて帰るに帰れない)
そして皆に一言。
「バレンタインのチョコレート、楽しみにしているからね♪」
…あぁ、彼は一体何に怒っていたのか、今となっては触れることも叶わない…

そしてチョコレートを渡してから判明した事実が。
ぬりかべさん、実はそんなにチョコレート好きじゃないようなんです。
一日一欠片も食べれば充分。
――ならば、あの時の押し入れのチョコは只の余り物なのか、やはり思い出の品なのか――今だに真相は藪の中。
だって、後ろめたくって聞けません(泣)

あの時は本当にごめんなさい、ぬりかべ先輩。
ぬりかべのあの頃の私生活は謎に包まれたままですが、二度と暴きません。
風化してしまってまるで砂のように舞い散ったチョコレートを思うだけで「こいつにあげるのは無駄なことではないのか?」という疑問を抱くわけですが、私は毎年チョコを差し上げています。

それもこれも、あの時の申し訳ないという気持ちが私の居心地を悪くしているからなのですが…
皆さま、他人のプライバシーに興味を持つのもほどほどにしましょうね。

コメント