家政婦として働く「私」は、ある春の日、年老いた元大学教師の家に派遣される。彼は優秀な数学者であったが、17年前に交通事故に遭い、それ以来、80分しか記憶を維持することができなくなったという。数字にしか興味を示さない彼とのコミュニケーションは、困難をきわめるものだった。しかし「私」の10歳になる息子との出会いをきっかけに、そのぎこちない関係に変化が訪れる。彼は、息子を笑顔で抱きしめると「ルート」と名づけ、「私」たちもいつしか彼を「博士」と呼ぶようになる。
                    (Amazon.co.jpレビューより)

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「博士」の記憶のテープは17年前から壊れたまま、80分を越えては記憶されず、壊れた時点に巻き戻る。
だから彼は古びた背広のいたるところにメモを留めている。
毎朝「博士」が一番最初に目にするメモは、
「私の記憶は80分しかもたない」

「博士」には義理の姉がいて、「博士」は離れ、義姉は母屋に住んでいる。
二人の間にはどんな絆があるのか・・・「博士」が17年前に会った事故にも関係があるようにも思え・・・「私」と読者は思いを馳せ、揺れ動く。
しかしその謎は最後まで明かされず、静かに終わりを迎える。
穏やかに事象を受け入れる登場人物の姿が美しくも切ない。

独特の暖かさと切なさを持った淡々とした文章ながら、家政婦の「私」が、数式の美しさに新しい世界を見る喜びは幻想的に語られ、そのアンバランスさが効果的。
心に迫ります。

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