先日、母が「鴨川をどり」のチケットをいただいてきたので、二人で観に行ってきました。
これは先斗町の舞妓・芸妓さんによる舞踊公演なのですが、こういったものは見たことがなかったサホ。普通に見てみたいという思いもあれば、花街の踊りというと日舞。となると、遙か3と連想してしまうのは当然のことでしょう(笑)

萌え種を見つける気満々で行ったわけですけど、想像していたのは舞だけの舞台だったのですね。ところが実際は二部構成で、第一部「雪女御扇面姿絵(ゆきにょうごおおぎのすがたえ)」は舞踊劇になってまして。
セリフが飛び出しただけでもちょっと意外だったのですが、扇屋の若旦那「かすみ丸」(漢字にするなら霞丸なのでしょうか?)にご執心な若い娘たちのやり取りに面白く思っているところへヒロインの登場。
――なのですが、そこで聞こえる「あかね」という呼びかけに、思わず吹きそうになるサホ。あかね!? 
色のことでも、聞き間違えでもなく、ヒロインの名前が「あかね」だなんて!!!
しかも、その「あかね」ちゃん、娘たちの嫉妬に遭い、小突かれたりするんですけど、そんないけずにもめげず、健気にかすみ丸のもとへ寄り添い、恥らいつつ微笑むようなほんと可愛い女の子。
遙か目線で見るつもりでしたけど、これは確かに望美よりあかねって雰囲気だなぁ、としみじみ(笑)うちの獣神子漢な神子さまは、めげずに、というよりは、しっかりやり込めてしまいそうな勢いですしね。
で、そのかすみ丸はというと、近いところでは銀? 娘たちから引っ張りだこで、それを良いことに(違)ちゃっかり扇を売りつけつつ、でも、あかねにぞっこんLOVE、みたいな。
けど、銀というには、優男すぎるよなぁ…。
そう、これは銀っていうよりも……と気付いてしまったら最後、あっという間に脳内パロ劇場の開幕(笑)
何しろ、かすみ丸だけでなく、あかねの行動までもが妄想を誘わずにはいられないストーリー展開なのですもの!

***

それはうららかなある日のこと。
その日も若い娘たちが扇屋を覗きにやって来ました。

「たかちゃん、こんにちはなのよ」
「あれー、今日は店には顔を出さないわけー? つまんなぁい」
「…へん…ね…どうしたの…かしら…」
「――そなたたち、また扇を買い求めに来たのか。これでいくつめだ?」
娘たちが首を傾げているところへ、背後から威圧的な声が響いてきました。
「いいじゃん、別にいくつ買ったって」
「確かにな。だが、瀬戸口目当てならば無駄なことだぞ。あやつには既にカダヤがいるのだからな」
「カダヤ? 何それ」
「それは――と、ふむ…。私がわざわざ説明するまでもなかろう。当人が来たようだからな。自分の目で確かめるがいい」

「まぁ、舞さん。こんにちは」
「壬生屋、芝村に挨拶はないとそう何度も言っているだろう」
「ふふ。相変わらずですね、舞さんは。それにしても、今日はいいお天気ですね」
その朗らかな声に誘われたのでしょう。
「――未央、来たのか」
奥から見目麗しい青年が顔を出しました。
「隆之さん!」
「俺のために走って来てくれたのか?」
目許を綻ばせ、瀬戸口は彼女のほんのり赤く染まる頬に触れつつも、空いている方の手はさり気なく腰に回しています。
明らかに良い雰囲気を漂わせている二人の姿に、娘たちは呆気に取られるばかり。
「確認は出来たか。つまり、そういうことだ」
「何よー! 僕だって負けないんだからね! ――ちょっと、ぐっちー、僕、扇がほしいんだけど」
ひとりの娘が、そんな二人の間を割るように邪魔を入れたものの、
「だったら、また新しいのを入れてあるよ。未央、あの棚にあるのを取ってくれないか?」
「はい――こちらですか?」
「ああ。で、ののみには…えーっと、あれはどこにやったかな」
「これではありませんか?」
「そう、それだ」
と、既に夫婦のようなやりとりを交わすではありませんか。
「みおちゃん、もうおよめさんみたいなのよ」
「そうだろう? お得意様にもそう言ってもらえるなら、もういつ来ても問題ないよな」
「もう、隆之さんったら…」
すっかり二人の仲を見せ付けられ、
「えへへ。きょうはありがとうなのよ」
「…また…来る…わね…」
「いつの間に、そういうことになっちゃったの? もう、信じらんない! いいよ、僕は他にもっとイイ男探すんだからー!」
などと言い残し、娘たちはいつになく早々と退散してしまいました。

「まったく締まりのない顔をしおって。瀬戸口、せいぜい壬生屋に見限られぬよう、しっかり励めよ」
「はは。姫さんも、たまには速水を労わってやれよ? 甲斐甲斐しくやってくれてるんだろ」
「な…っ! あ、あれは、厚志があれやこれやと勝手に世話を焼きたがるのであって、私は別に…!」
真っ赤な顔をして言い返す舞でしたが、不意にふるりと身体を震わせました。
「急に冷え込んできたな。私もそろそろ帰るとするか」
「そうそう。速水が心配する前に帰ってやるんだな」
「う、うるさい! 私は帰るぞっ」
「舞さん、お気をつけて」
「――やっと、二人っきりになれたな。未央に見せたいものがあるんだ」
「何でしょう――まぁ! きれい…この扇は?」
「おまえのために作らせたんだ。図案は俺が考えて。未央の面影を思い浮かべながら」
「本当に…? 嬉しい…。ありがとうございます、隆之さん」
この世でたったひとつ、自分のためだけに作られた扇を、うっとりとした面持ちで陽に翳す壬生屋に、そんな彼女を愛しげに見つめる瀬戸口。

この寒さを微塵も感じないほど、満ちあふれる幸せに浸る二人の前に、突然の来客が現れました。

「――こちらにいらっしゃる大変高貴な方が扇を御所望なのです。この店一番の品を見せていただけませんか」
「でしたら、こちらの品なんか如何です? ああ、未央、一番上の棚のも持って来てくれないか」
「はい」
「これも名品ですよ」
差し出された品をひとつひとつ、年若い女房が恭しく牛車の中の主人に見せました。
「御方さまのお気に召すものはこの中にはないとのこと。そこで、特別に誂えていただけないかと仰せなのですが」
「そりゃ構いませんけど」
「そうですか。細かなことは御方さまから直々にお話になるとのこと。では、御殿へとご案内いたしましょう」
「え? 今? 雪まで降って来ましたし、また明日にでも、こちらから伺いますよ」
「いいえ。時間がないのです。とはいえ、御方さまにこのような下賤な場にお出ましいただくわけには参りませんしね。さ、行きますよ」
「けど、こっちにも都合ってものが…」
「御方さまをお待たせするなど、とんでもないことです」
それは女房の鑑ともいえそうなほどの生真面目さです。余程、中の主人に忠誠を誓っているのでしょう。
瀬戸口の言葉も聞かず、その手を無理矢理取ってしまいました。
「ちょっと待ってくれよ」
先程まで、あれほどうららかだったのに、今にも吹雪きそうな空模様。
そのせいか、女房の手はやけに冷えていました。まるで、これ以上の口答えは許さないという女房の心そのままに。
「未央…!」
「隆之さん…」
壬生屋には強引に連れていかれる恋人の後ろ姿を、ただただ見送るしかありませんでした。

案内された御殿は既に真っ白な雪で覆われていました。
その寒い庭先で待たされ、瀬戸口の身体は冷えて仕方ありません。

「――お待たせしたわね」
涼やかな声が御簾の奥から発せられました。
「こちらに入ってちょうだい。詳しく説明するから」
「はぁ」
高貴な方という割には、気位の方はそう高くないのでしょうか。
こんなにあっさり御簾の内に入れてくれるなら、たとえ牛車の中に乗ったままでも、店先で話も出来そうなものなのにと、彼は内心、不思議に思いました。
中に上がると、そこには、どことなく物憂さを漂わせた、大層美しい女性がいました。
「私、扇には少しうるさいの。あなたに私が求めるようなものが用意出来て?」
「何とか対処させてもらいますよ」
「ふふっ。あなたならそう言ってくれると思っていたのよ」
「で、どんなものをお求めで?」
「私の心を映したもの」
「と、いうと?」
「…あの雪に覆われた庭のようなものかしらね。丹念に手入れされた植木も、今はこうして冷たい雪化粧を纏って…。綺麗だけど、どこまでも冷たい世界…」
悩ましげにため息をひとつ落とし、彼女は言いました。
「……いい加減、この景色の中にひとり閉じ込められるのには厭きたのよ。前にね、街であなたを見かけた時、思ったの。あなたなら、この景色を彩ってくれるかもしれない、ってね」
そして、彼女は瀬戸口の胸にしなだれかかりました。
「仕事の出来る人は好きよ。私の期待を裏切らない人は尚のこと――ねぇ、私はこの止まったままのこの世界から抜け出すことは出来ないの。何もかもが止まったままのこの世界。でも、ここにあなたがいるなら、それも悪くないと思うのよ。だから、ここで私のためだけの扇を作り続けてちょうだい」
「……あなたのような人にそう言ってもらえるのは満更でもないんですけどね、俺にはやきもち焼きの可愛い恋人がいるんで」
「知っているわ。けれど、人なんて、すぐに心変わりするもの。誰よりも、あなたがそれを知っていたでしょう?」
「…まぁ、あいつに逢うまでは、そう思わないでもなかったですけどね」
「あなたはここにいなさい。何もかも忘れて、ただ私だけを見ていればいいのよ。このすべてが止まったこの世界でね。その方が、きっと幸せになれるわ。あの娘も、あなたも、私も」 
「それはどうかな。皆、不幸になるだけという気がしますが」
「あなたが戻らなければ、あの娘も忘れるしかないでしょう」
「…あいつにただ待つなんてことは出来ないと思いますよ」
「ふふっ。そう言っていられるのも今だけよ」

と、彼女は瀬戸口の首に腕を絡めました。
その透き通るような白い肌は雪で出来ているのかと思えるほど、それはそれは冷たいものでした。

「――人間じゃないのか…?」
氷のような身体に抱きしめられ、瀬戸口の体温は奪われてゆくばかり。次第に意識も遠のきはじめました。
「何もかも凍らせて永遠に私だけのものになって…。あなたがいてくれるなら、この変わらない世界にいても、きっと忘れられると思うから。あなたがあの男のことを忘れさせて――」

「――隆之さん!」

その時、凛とした声が辺りに響き渡りました。

「おっと、ここを通りたきゃ、俺の拳を受けてみな!」
「踏み込みが甘い! あなたの攻撃は見切りましたよ」
「暴力反対デス」
「ならば、お退きなさい!」
「どうかお帰り下さい…って、ああっ、眼鏡が…!」

衛兵たちを軽くいなし、壬生屋が庭先に駆け込んで来ました。

「隆之さん、どこにいるんですか!?」
「未央…っ!」
「隆之さん!?」
「――自分から乗り込むとはね」
「だから言ったでしょ? あいつの信条は先手必勝でしてね。あの特攻ぶりにはこっちも気が気じゃなくて、いつも目が離せないんですよ」
「惚気は結構よ。それに、どうせ、ここまでは来れやしないのだから」

「ここは女御さまの御座所なんですよ! あなたのような者が立ち入ることなど許されないことです。今すぐお引き取り下さい」
「ええ。わたくしも隆之さんを迎えに参っただけですので、すぐにお暇するつもりです」
「そったら…いえ、それでしたら、あの人はもう戻られないそうです」
「そんなはずがないでしょう。さ、隆之さん、帰りますよ!」
「ちょっと、あなた! 見苦しいですよ」
「見苦しいのはそちらでしょう。あの人の帰るところはわたくしのところ以外にはないのですからね」
「言っても分からないようね! 私もやる時はやるんですよ」
「あなたのような腕でこのわたくしに敵うと思うのですか? 覚悟はいいですね!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! きゃあっ」
腹心の女房までもあっさり退け、壬生屋はついに愛する瀬戸口のところへと辿り着きました。
「ああっ、隆之さん…! 不潔です! 離れなさい! この女妖怪!」
「あら、随分だこと――けれど、そうね。あなたの言うとおりなのよ。だから、さっさとお帰りなさい。この人は私と一緒になるのだから」

ただならぬ冷気が漂いましたが、壬生屋が一太刀振るっただけで、それは瞬く間に消えてなくなりました。

「その妖しげな攻撃が私に効くとお思いですか?」
「…ただの剣術使いじゃない…?」
「壬生の家は代々あやかしと戦うもの。それに、あなたのその目を見れば分かります。あなたは、本当にこの人を必要としてはいないのでしょう? そんな人に、隆之さんを大人しく渡せるはずなどありません。隆之さんもいつまでも転がってないで、さっさと帰りますよ。もう日も暮れますし」
「転がってって、好きで転がってるわけじゃ…。なぁ、この冷え切った身体を未央のその肌で直に温めてくれると嬉しいんだが」
「な…っ! そのようなことを言えるくらいなら心配ないでしょう。いつも怠けているから、こういうことになるんです。もっと鍛錬なさい」
「はは…俺も速水のことは言えないかな…」
「何ですか?」
「何でもないよ――ま、そういうわけなんで、そろそろ帰してもらいますね。未央の言葉じゃないが、俺もあなたが本気だとは思えませんでしたよ。それじゃあ」

「――今度こそ、忘れられるかもしれないと思ったのは本当だったのよ…」

遠ざかる二人の仲睦まじい姿を眺め、女御はぽつりと呟きました。

「…それもこれも全部、あいつのせいよ。どうせいなくなるなら、最後まで他の女のことなんか隠し通してくれたら良かったのに…。そうすれば、私だって、きっと、もっと楽に吹っ切ることが出来たのよ。それでも、結局、こうして忘れ切れないなんて自分でも笑っちゃうわ。…やだ、何、これ…涙…? 涙ってこんなに温かいものなの…? ほんと、嫌になるわね。あの時は泣けもしなかったのに、今更自分の涙の熱に溶けるなんて……善行のバカ……」

こうして、雪女御は忘れられない恋の熱情に溶かされるように儚く消えてしまい、瀬戸口と壬生屋はほどなく祝言を上げ、まさにうららかな人生の春を謳歌したのでした。

***

ガンパレ的にあらすじ説明すると、まぁ概ねこんな内容。
街中で見かけた「かすみ丸」に一目惚れし、強引に連れ帰ったものの、結局その想いは叶わず、失恋の涙に溶けてしまうという「雪女御」のみ、だいぶ脚色入れてますけど(笑)
特に、あかね自らが御殿に乗り込んできただけでも、ちょっと予想外な展開でしたけど、衛兵たちに棒?で打ち据えられても、何とかそれをはね退けるばかりか、腹心の女房の攻撃に至っては、かすみ丸から貰った扇を盾代わりに応戦するのですよ! いやはや、健気を通り越して、恋する乙女は強いですね!(笑)

花街の行事というイメージからすると、私からすると敷居の高い、こう雅な雰囲気の日舞公演だとばかり思っていたのですが、お芝居としても、ほんと退屈することなく楽しめる内容で、第二部はそれこそ舞だけなのですけど、これも時折コミカルな所作が盛り込まれてたり。私にも問題なさすぎなほど、肩肘張ることなく堪能出来る公演なのでした。

以下、おまけ。

「――と、徹夜して、シナリオを書いてみたんですけど、どうです? 委員長」
「男性キャストは瀬戸口くんだけなのですか?」
「女子校の催しやし、女子で固めてしもた方が男前も引き立って、ええかと思いまして。あ、ちなみに、うちは監督でもと思てるんですけど、もし、劇に出るんなら、このナレーションでもやっときますわ。で、男子には裏方に回ってもらおかと」
「話題性を求めるなら、速水くんもキャスティングしてはどうですか? 最近、親衛隊も出来るほどの人気ぶりじゃないですか」
「ほら、ヘタに出して、芝村さん怒らせてしもたら大変かなぁ、と」
「それもそうですね。では、速水くんには客引きにでもなってもらいましょう――まぁ、チャリティーバザーの余興ですしね。内容としては十分だと思いますが、ただ、この雪女御ですけど…」
「主任の役が何か?」
「何、というか、その、心なしか、何やら妙に含むところのある役柄になっているような気がしまして…」
「嫌やなぁ、そら考えすぎですって」
「そうですか…? しかし、こんな役、原さんは嫌がるんじゃないですかね」
「いやいや、それがもう、えらいノリノリでしたよ。悪役とはいえ、美味しい役どころやって気に入ってくれたみたいで。美人さんやから舞台栄えするでしょうねぇ」
「はぁ…。ですが、この最後のセリフはさすがにどうかと……」
「ああ、それは主任の提案で、うちが考えたんと違うんです」
「……なるほど」

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